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土木工学科4年。僕は早々に環境コンサルタント会社の内定を手にしていた。ふつうなら、ひと安心。だが、卒業が迫るにつれて胸が苦しくなっていった。「僕は本当にこの仕事がやりたいのか?」僕はどうしても「YES」とは言えなかった。そのとき僕の頭に、あの仲間たちの顔が浮かんだ。「自分に正直に生きよう」そして内定を辞退した。選んだのは、ファミレスのバイト。教授に怒鳴られ、両親にも愛想を尽かされた。でも、僕は自分の選択に自信を持っていた。 |
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フロア担当としてバイトから頑張り続けて3年。僕は社員として店長になった。キッチン1人、フロア3人の小さな店。社員はもちろん僕ひとり。どれだけ混もうが、僕はマネージャーとしての立場を超えて駆け回った。「僕が頑張れば大丈夫だ」と。しかし、ある日、常連のお客さんから吐き捨てるように言われた。「お店まわってないのに、人をどうして入れないの?もう来ないわよ!」そして「前の店長のときは、こうじゃなかったのに」と。もう、ぶん殴られたような気分だった。そんなクレームと同時に売上げもジリジリ落ちていき、バイトさんたちもグチを言い始めた。僕の店は、ひどい店になり果てていた。「俺はこんなに頑張っているのになぜだ…」自信を失い、僕は自分自身すら失っていた。 |
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僕は耐えきれず店を去った。というより逃げ出したのかもしれない。自分自身が見えず、無職としてただ悶々と日々を過ごす。そんな僕に、バイト時代に知り合って結婚したカミさんが言った。「あなたはやっぱり飲食の人よ」と。そして求人情報誌から1つのお店を探してきてくれた。「東方見聞録 上野店」だった。ファミレスしか知らない俺に、居酒屋でやっていけるのか? |
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店には活気があった。バイト時代に味わった空気だ。しかし、僕はやっぱりあの日のバイト気分を引きずろうとしていた気がする。そんな弱い僕を根こそぎ変えてくれたのは、2004年、「黄金の蔵」大井町店オープンを店長として任されたときに組んだ柳さんという男。まだ20代後半、僕より年下でその頃すでに地区長(現部長)。伝説的な人だった。任された大井町店は、もともと従業員が不足気味の店。少しずつ歪みが生まれ、徐々に数字が落ちてくる。僕の頭には、あのファミレス店長時代の失敗が蘇ってきた。そして数字を強烈に意識し始めていた。「このままじゃマズい。このままじゃ」。その様子を見ていた柳さんが僕に言った。「君は売り切るために、何をしなきゃいけないのか?それは数字を守ることじゃない。まず、従業員とお客さまを守ることだ」と。僕は愕然とした。ファミレス店長時代から、その瞬間まで、僕はまず経費とか売上げとか「数字」を追いかけ、その都合に従業員を合わせていた。しかし、そうじゃない。まったく逆なんだと。やる気に満ちた従業員がいれば、お客さまも満足させられる。数字はあくまでその結果なんだと。なんだ。やっぱり楽しい仲間をつくることを考えればよかったんだ。このバカ店長!長い間、凍っていたものが一気に溶けてゆく気がした。 |
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柳さんは、理由を大切にする。「先を考えて、店長がそう信じるならそうすべき」と。これまで、その場その場の対応に駆け回っていた僕は、いま少しずつ少しずつ店の未来を考えて、自分から仕掛けられるようになってきた。戦略ってヤツかな。店と一緒に自分も成長している感じだよ。 |
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僕は人生の中で、今がいちばん楽しい。「忙しかったけど、頑張ったよな」と肩をたたき合える仲間がいるからだ。僕は何があっても、こいつらを守り通す。ある日、うちの店にやってきたカミさんが、笑いながら僕に言った。「相変わらずね」。その目は、あのバイト時代の生きていた僕を見る目だった気がする。 |
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